鳥取地方裁判所 昭和47年(ワ)45号 判決 1977年2月24日
原告 川田智恵子 ほか三名
被告 国 ほか二名
訴訟代理人 中路義彦 石金三佳 石川博義 塩見洋佑
主文
一 被告中村金三朗および被告大内建設株式会社は各自、原告川田智恵子に対し金三九一万九九八九円、原告濱邊久丹子、原告川田愛繰、原告川田嘉宣に対しそれぞれ金一五八万六六五九円および右各金員に対する昭和四六年一月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告中村金三朗および被告大内建設株式会社との間においては、原告らに生じた費用の三分の一を右両被告の連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告国との間においては全部原告らの負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告川田智恵子(以下「原告智恵子」という。)に対し金七八〇万円、原告濱邊久丹子(以下「原告久丹子」という。)、原告川田愛繰(以下「原告愛繰」という。)、原告川田嘉宣(以下「原告嘉宣」という。)に対しそれぞれ金三〇〇万円、ならびに被告中村金三朗(以下「被告中村」という。)および被告大内建設株式会社(以下「被告会社」という。)は右各金員に対する昭和四六年一月一七日から、被告国は昭和四七年四月一三日から完済までいずれも年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 被告国は担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 被害者 訴外川田正
(二) 発生日時 昭和四五年九月一四日午前七時ころ
(三) 発生場所 鳥取県気高郡気高町大字奥沢見一一一番地
(四) 加害車 普通貨物自動車(二トントラツク)
(五) 加害者 運転者 被告中村
(六) 事故発生の態様 加害車が、事故発生場所北側の国道九号線(以下「本件国道」という。)下り坂カーブでスリツプし、一回転して被害者宅地内である事故発生場所に落下し、同所にいた被害者を車体の下敷にした。
(七) 結果 被害者は頭蓋骨粉砕骨折、脳挫傷により即死した。
2 責任原因
(一) 被告中村 同被告は加害車の保有者である。
(二) 被告会社
(1) 被告会社は、本件事故当時、加害車の運行を支配し、その運行によつて利益を得ていたので、運行供用者としての責任がある。すなわち、
(ア) 被告会社は、国から日置川河川局部改良工事(以下「本件工事」という。)を請負い、その雑工事をさらに被告中村に下請させ、工事現場に現場責任者を派遣し、被告中村を直接指揮監督して右工事を施工していた。
(イ) 被告会社は、自己の請負工事を直営で行なうことはほとんどなく、大部分を下請によつて施工していたが、その際も、工事現場では被告会社名のみを表示していた。被告会社は、同被告が県知事に対し建設業者の登録申請をなす際、経験年数を水増しして便宜を計り、その所有する加害者の車体に被告会社名を表記して使用することを黙認する等しており、被告中村は、被告会社に従属し、被告会社と雇用関係に準ずる関係にあつた。
(ウ) 本件事故は、被告中村が被告会社の現場責任者の指示に従つて、前記下請工事の施工に伴つて発生した別件事故の見舞金等を持参するため加害車を運転走行中、発生した。
(2) 仮に、被告会社が運行供用者でないとしても被告会社には民法七一五条一項の責任がある。すなわち、
(ア) 前記(二)(1)(ア)および(イ)記載のとおり、被告会社は被告中村の使用者に準ずる関係にあつた。
(イ) 前記(二)(1)(ウ)記載のとおり、本件事故は、被告会社の事業の執行につき生じた。
(ウ) 被告中村には次の過失があつた。すなわち、事故当時、本件国道は降雨のため路面がぬれており、かつ、カーブで見通しが悪く、事故多発地帯の標識がある要注意か所であつたから、制限速度を遵守するのはもちろん、ブレーキ操作を確実にし、スリツプ事故発生を防止すべきであつたにもかかわらず、被告中村は、右注意義務を怠り、制限速度を一〇キロメートル超える時速六〇キロメートルで走行し、ブレーキ操作を誤つた過失によつて、加害車をスリツプさせ、本件事故を惹起した。
(三) 被告国
本件国道は、被告国が設置・管理する公の営造物であつて、本件事故は、次のようなその設置・管理の瑕疵によつて生じた。すなわち、
(1) 本件国道は、米子方向に向かつて右に四三度カーブしているうえ、約一度の下り坂である。右道路の約二メートル下方には原告宅および同所から右国道へ続く私道があり、このような道路状況からすれば、鳥取方向から米子方向へ走行する運転者が、運転操作を誤つた場合、当該車両が右国道上から右私道上に転落し、原告宅に出入りする人等に危害を及ぼすことがありうることは容易に予測できた。したがつて、被告国としては、原告宅に出入りする人等の安全を確保するために右私道北側の本件国道上に右カーブに沿つてガードレール等の防護柵を設置すべき義務があつた。しかるに被告国は何ら防護柵を設置しなかつたので、右国道にはその設置・管理に瑕疵があつた。
(2) 本件事故は、右国道から右私道上へ転落してきた加害車が同所に立つていた被害者の上に落下して発生したのであるから、右瑕疵と因果関係がある。
3 損害<省略>
4 結論
よつて、被告中村に対し自賠法三条に基づき、被告会社に対し自賠法三条または民法七一五条一項に基づき、原告智恵子は前記3(一)(4)、同口記載の損害金合計九三八万九九〇六円の一部である七八〇万円、原告久丹子、原告愛繰、原告嘉宣は前記3(一)(4)、同目記載の損害金合計各四五五万九九三七円の一部である各三〇〇万円および右各金員に対する本件事故発生の(三)の後である昭和四六年一月一七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告国に対し国賠法二条一項に基づき、各原告は右記載の各金員およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四七年四月一三日から完済まで右同率の遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告中村<省略>
2 被告会社<省略>
3 被告国
(一) 請求原因1(一)ないし(五)は認める。同1(六)のうち加害車が転落して訴外川田正が死亡したことは認めるが、本件国道が下り坂カーブであることは否認する。同1(七)は不知。同2(三)のうち、右国道が被告国の設置・管理する公の営造物であること、本件国道路面から約一・八メートル下方に原告宅が存在すること、および右国道には防護柵が設置されていなかつたことは認めるがその余は否認する。同3のうち(一)(3)は認め、その余は不知。
(二) 被告国の主張
(1) 本件事故は、被告中村の制限速度違反、ブレーキ操作の誤りという同被告の一方的過失によつて発生したもので、本件国道の状況と因果関係がない。
(2) 本件国道の設置・管理に瑕疵はない。
(ア) 本件国道は、道路の総幅員約八・五メートル(車道幅員約六・五メートル)、縦断勾配一パーセント以下の平坦なアスフアルトコンクリート舗装された直線道路で、原告宅は路側高から一・八メートル下方にあるが、道路法面の勾配は最高一割四分で緩く、国道からの転落事故による危険性はほとんど考えられない場所である。
(イ) 道路法三〇条一項をうけた旧道路構造令(昭和三三年八月一日政令二四四号)三一条の規定を具体化した昭和四二年一二月二五日付建設省道企発第三号建設省道路局長発都道府県知事あて通達「防護柵の設置基準の改定について」には、防護柵は、(1)路側が危険な区間、(2)道路に鉄道等が接近している区間、(3)幅員・線形等との関連で危険な区間、(4)構造物との関連で危険な区間、(5)その他の関連で必要な区間で一定の要件に該当する場合に設置しなければならないと規定されている。しかし、本件道路は右基準に照らしても防護柵を設置すべき場所ではなかつた。
(ウ) 本件国道は、昭和三七年に供用開始以来、本件のごとき転落事故は、昭和四三年に酒酔運転による一件があつたのみで、事故当時の一日当りの推定交通量約八四〇〇台に対し、その事故発生率は非常に低かつた。
三 抗弁
被告中村および被告会社
本件事故は不可抗力によるものであつた。すなわち、運転者は、道路上の危険防止について注意義務を要求されるが、道路外の人間に対しては注意義務はない。自動車がいつたん道路を外れて転落を始めた状態は、もはや自動車の運転、運行ではなく、自然力のままの状態であるから、その結果人の死を招いたとしても、このような結果に対しては、予見可能性も回避可能性もない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1(一)ないし(五)は各当事者間に争いがない。<証拠省略>によれば、被告中村の運転する加害車が本件国道でスリツプし、半回転して右国道南側の私道上にいた訴外川田正の上に落下し、同人を車体の下敷として頭蓋骨粉砕骨折等により即死させた事実が認められる。
二1 請求原因2(一)は原告らと被告中村との間に争いがない。
2 請求原因2(二)について判断する。<省略>
3 被告中村および被告会社の抗弁について
右被告両名は不可抗力を主張するが、車両の運転者が道路外の人に対しても危険を及ぼすことのないよう注意すべき義務を負うことは当然であり、本件事故は加害車が運行中進路を逸脱した結果生じたもので、逸脱自体が回避不可能であつたとは認められない以上、本件事故が不可抗力によるものとはいえず、右抗弁は採用できない。
4 請求原因2(三)について判断する。
(一) 本件国道が被告国の設置・管理する公の営造物であること、当時本件事故発生場所北側の本件国道に防護柵が設置されていなかつたことは、原告らと被告国との間に争いがない。前記一記載の本件事故の態様および検証の結果によれば、右地点に防護柵が設置されていたならば、本件事故は防止できたと考えられるので、これを欠いていたことが本件国道設置・管理の瑕疵といえるか否かについて判断する。
(二)(1) <証拠省略>によれば、本件国道は、アスフアルトコンクリート舗装された総巾員約九メートルの道路で、本件事故発生場所北側地点東方約五〇メートルの地点以西は直線で、同地点からその東方約八〇メートルまでは東方から西方にかけて曲線半径約一〇〇メートルの右カーブとなつていること、本件事故発生場所東方約一三〇メートルの地点(右カーブの東方でカーブ開始地点付近)から西方にかけてゆるやかな下り勾配となつており、その勾配率は、同地点から西方約五〇メートルまでの区間は三・八四パーセント、そこから西方約二〇メートルまでの区間は四・〇三パーセント、そこから西方約二〇メートルまでの区間は一・四二五パーセントとなつていること、同地点から本件事故発生場所北側までの区間は逆に勾配率〇・五三五パーセントの上り勾配となつていること、本件国道の右カーブ中間地点から本件事故発生場所北側までの見通しはよいこと、同地点東方約四一メートルおよび二三八メートルの各地点には制限時速五〇キロメートルの標識が設置されていたこと、本件国道両側は農村地帯で道路沿に民家はさほど多くなかつたこと、本件事故発生場所南側の原告居宅から北側国道に通ずる私道は巾員約二メートル全長約九メートルで、右国道と私道との高低差は約一・五メートルであることが認められる。
右道路状況によれば、本件国道は巾員が比較的広く、見通しもよく、勾配率も緩やかで、カーブ区間が短かく直線部分が長いのであるから、右のカーブの存在のために本件事故現場北側付近における運転に格別の困難を来たすものとはとうてい考えられず、本件国道が道路外への転落事故を惹起させる危険のある構造であつたとは認められない。
(2) <証拠省略>によれば、本件事故当時発せられていた建設省道路局長通達「防護柵の設置基準の改訂について」に定められた基準に照らすと、本件事故発生場所北側の本件国道は、防護柵を設置すべき場所には該当していなかつたこと、同所付近国道では昭和四三年から同四七年までの間に七件の転落事故が発生しているが、そのうち四件は本件事故発生場所と反対方向(本件国道北側)へ転落した事故であつて、本件事故と同一の側(本件国道南側)への転落事故は本件事故を含めて三件で、そのうち一件は酒酔い運転による事故であつたこと、本件国道を通過する車両数は、昭和四四年度は推定一日約五七九二台、同四六年度においては約九六〇〇台であつたこと、したがつて、通行車両総数に比してとくに事故発生率が高いとはいえないことが認められる。
(3) <証拠省略>によれば、被告中村は、本件事故発生場所北側東方約四五メートルの本件国道上を制限時速五〇キロメートルをかなり超える速度で西進し、同地点でさしせまつて必要ではなかつたがブレーキを踏んだこと、すると降雨中で路面が湿潤であつたため車体がスリツプし、右にハンドルをとられ中央線を越えたので自己車線に戻るためにハンドルを左に切つたところ切りすぎて、本件事故発生場所北側東方約一・六メートルの地点で左後輪を脱輪し、国道上から半回転して前記私道上に落下し、同所に立つていた被害者を車体の下敷として即死させたことが認められる。
(4) 右のとおり、本件事故は、被告中村の速度違反および運転操作の誤りによつて発生したものであつて、道路の構造等によつて生じたものとは考えられないのであるが、このように構造等に格別に危険性があるとは認められない道路において、運転者の著しく無謀な運転によつて稀に生ずることのあるべき路外逸脱事故に備えて、防護柵を設置しておくことが要求されるものと解することはできない。けだし、道路の設置・管理の瑕疵とは、道路が通常有すべき安全性に欠けることをいうものと解すべきであるから、防護柵の要否も、道路の構造・形状、交通量、道路外の地形・事物等に照らして、通常予想される危険を防止する見地から定められるべく、道路の全部にわたり起こりうるあらゆる事態を想定して、これによる損害を防止するに足る防護施設を完備しなければならないものということはできないからである。したがつて、本件国道に防護柵が設置されていなかつたことをもつて、その設置・管理の瑕疵と認めることはできない。
三 請求原因3について判断する。<省略>
四 結論
以上の次第で、原告らの請求は、被告中村および被告会社に対し、原告智恵子は前記三1(五)および三2記載の合計三九一万九九八九円、原告久丹子、同愛繰、同嘉宣は前記三1(五)および三3記載の合計各一五八万六六五九円および右各金員に対し本件事故発生の日の後である昭和四六年一月一七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、右両被告に対するその余の請求および被告国に対する本訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田宏 秋山規雄 梶陽子)